稽留流産発覚…掻把手術も自然排出も経験した私が思うこと【体験談】

#ママ

こんにちは、時短ワーママのマママッチです。

今は2歳半の元気な男の子を育てていますが、この子を産むまでに2回の流産を経験しています。
それはそれは辛くて、惨めで、情けなくて…今思い出しても涙が出てきます。
ですが、この経験を語ることによって、同じように辛い思いをしている誰かの力になれるかな…と思い、記憶を掘り起こして書いていこうと思います。
かなりショッキングな内容も含まれますので、苦手な方はご注意ください。

この記事における流産(稽留流産)について

この記事に辿り着いたということは、きっと流産されたのだと思います。
辛いですよね。どこに悲しみをぶつけていいのか分からないですよね。
思いっきり泣きましょうね。
そして、これから自分の体、赤ちゃん、どうなってしまうか心配ですよね。私もそうでした。
実際流産した後はどういう流れなのか、具体的なことが知りたいと思うので、私の実体験を書いていきます。
なお、この記事での「流産」は稽留流産のことを指します。科学流産、切迫流産など、他の流産については書かれていないのでご注意ください。

流産の確率、原因について

まず流産の確率と、原因について。
流産は10~20%の確率で起こるもので、稀なことではありません。
そして、原因のほとんどは染色体異常によるものです。

激しい運動をしたせいだとか、仕事が忙しかったからだとか、色々自分を責めてしまうと思いますが、そのことが原因になることはほとんどないのです。
お母さんは何も悪くありません。どうか、自分を責めないでくださいね。

確率についても、原因についても、実際に流産するまで情報が入ってこないのでビックリすると思います。
流産というデリケートなことを周りに話すのはなかなかハードルが高いので、知らないだけで実際は流産経験者という場合も多いです。
私の周りでも流産の話をしたら「実は私も…」という方がけっこういました。

マママッチ
マママッチ

みんな辛い思いを乗り越えて、出産してるんですね。

1回目は心拍確認後の流産

さて、実際の私の流産のことをお話していきます。
1人目の妊娠は前の会社でフルタイムで仕事をしていた時でした。
結婚から2年ほど経ち、そろそろ子供が欲しいなと思っていたタイミングで、運よく授かることができました。

生理が来ないので妊娠検査薬を使ってみたところ陽性。
産婦人科に行ってみると妊娠5週目。まだ胎嚢だけで胎児は確認できませんでした。
また2週間後に来てくださいと言われてその日は帰ったのですが、このときはこのまま無事に育って、自分はお母さんになるのだと信じて疑いませんでした。

2週間後に産婦人科に行くと、小さな小さな赤ちゃん(胎児)が!
そして、ピコピコと心臓が動いていました。豆粒より小さな胎児でしたが、かわいくてかわいくて、一所懸命生きているのが伝わってきました。妊娠7週目でした。

心拍が確認できたので、母子手帳をもらいに行きました。
「おめでとうございます」と母子手帳と、憧れのマタニティマークをもらい、ニヤニヤが止まりませんでした。
職場では役職についていたので、産休や育休のことを早めに話し合う必要があると思い、このときに妊娠を報告しました。

また2週間後、産婦人科に足を運び、エコーをしてもらったところ「あれ?心拍が確認できないですね…」と言われました。

意味が分かりませんでした。

エコーが終わり、別の部屋へ移動するときに看護師さんから「大丈夫ですか?」と聞かれたのですが、何を心配されてるのかも分からず、ヘラヘラしていました。
別室で医師から淡々と心拍が止まっていることを説明され、手術の話をされました。

そこでようやく「流産したんだ」と分かりました。

恥ずかしながら、流産したら手術をするということを知らず「え、どういうこと?私、手術をするの…?」
流産したこと、手術をすること…思ってもみなかったことが連続して伝えられて、私の脳内はパニックでした。

天国から地獄というのはこういうことを言うのだな、と思いました。
しかも手術は3日後。心の準備もクソもありませんでした。

「先生の誤診では?」
「次にもう1回見たら、心拍が甦ってるはず」
「なんで私なの…私が何をしたっていうの…」
心はグチャグチャ、すぐにでも泣き出しそうでした。

幸せそうなオナカの大きな妊婦さん達を横目にそそくさと帰り、夫・会社・母親に連絡。
夫は静かに受け止めてくれました。
会社も手術の日のスケジュール調整など淡々としてくれました。
母親は…自身は流産経験がなく、ビックリした様子でした。また、流産の知識がないので「アンタが無理したんじゃないの?」という一番言ってほしくない言葉を言われて、メチャクチャに泣きました。
女性で一番分かってほしい相手にその言葉を言われたのが、一番キツかったですね…

何度も説明したし、母自体も色々検索して勉強したのか、その後は優しい言葉をかけてくれましたが…本当に辛かったです。

そこからは手術への恐怖との戦いでした。
生まれてこの方、手術はもちろん、点滴すらしたことがない健康体だったので、それはもう検索しまくりました。

1回目の流産・掻爬手術

手術の日、出かける前にオナカに向かって「バイバイ。また来てね。」と語りかけ、撫でました。
涙が止まりませんでした。

夫は仕事だったので、母親に付き添ってもらい病院に行きました。
病院について、まずはエコー。
心拍が戻っていることを願いましたが、その想いも虚しく、静まり返っていました。
手術決定です。

いつもと別室の診察台に上がり、まずラミナリアという管を挿入します。
徐々に子宮口を開くものです。
ネットで検索して「痛い」ということは知っていたので覚悟はできていました。
「痛みがありますよー」と言われて挿入され「ウッ…!」という言葉が出ました。
痛みに強い自信がありますが、声が出る程度に痛かったです。
ボウガンで子宮の中に矢を刺されたような、そんな痛みでした(分かるかな?w)

そのあとはまた別室で横になり、子宮口が開くのを待ちました。
この待っている間も相当痛いと聞いていましたが、普段生理痛があるからか、生理痛くらいの痛みだなぁとしか思いませんでした。
いつの間にか少し寝てしまっていたくらいです。

午後から手術でした。
掻爬手術は全身麻酔で行われます。
麻酔が始まり「いち、にい、さん…」くらいで意識がなくなりました。
そのあとは何か、サイケな画面を見ていたような…
オナカが痛いな…と目が覚めると、手術は終わっていました。
意識はボーッとしていましたが、すぐに元の状態に戻りました。

母親と合流して、普通に歩いて帰りました。
不思議と泣いたりはしませんでした。

「赤ちゃんを産むための手術や、痛みや、費用なら我慢できるけど、赤ちゃんにも会えないのになんでこんなことをしないといけないのか…」とただただ落ち込むばかりでした。

手術から2週間後に診察があり、子宮の中がキレイになっていることが確認できました。
それから胎児を検査した結果や、私の血液の検査の説明がされました。
「プロテインSの値が低いので、もしかしたら不育症かも知れません」と言われました。
不育症とは、妊娠しても胎児が育たずに流産してしまう状態を指します。
(不育症についてはこちらの記事こちらの記事をどうぞ)

2回目は心拍確認前の流産

1回目の流産の後、しばらくは妊娠する気になれませんでした。
「まだ私は母親になるのは早いってことかな…」と思っていました。

不育症と診断されると医療保険などに入りにくくなると思い、保険の見直しなどをしていました。

数ヶ月後、満を持して妊活をしようと、不育症専門のクリニックの門を叩きました。
血液検査の結果「確かにプロテインSの値は低めだけど、アスピリン(不育症の薬。自己注射します)を投与するまでではない」ということで、血の巡りをよくする漢方薬「当帰芍薬散」を飲むことになりました。
「妊娠したらまた来て」ということで、重度の不育症ではなかったことで少し安心しました。

2回目の妊娠はそれから間もなかったのですが、最初から不穏な動きを見せていました…

妊娠検査薬が陽性だったので、前に手術をした産婦人科へ。
エコーを見ると、胎嚢はあったのですが、いびつな形をしていました。
ちょっと苦悩の表情を見せる先生…

「もう少し様子を見ましょう」ということで、1週間後にまたエコー。
やはり、胎児は育っていませんでした。

「子宮外妊娠などの可能性があるので、大きな病院で診てもらってください」
ということで転院。
転院先でも「うーーーん…」という反応。また様子見。

不育症のクリニックで見てもらうと即座に「これは無理無理!ここからは育たないよ!」と心が張り裂けそうな言い方をされ、心が折れました。
今思えば、不育症の先生は育たない例をたくさん見てきたからこそ、期待を持たせないようにしてくれたのだと思います(それでももうちょっと言い方はあるでしょうにw)

更に1週間後、また転院先でエコーを見ましたが、育っておらず…
わずかな希望も打ち砕かれ、2回も連続して流産するなんて、自分はなんてポンコツなんだ…と激しく落ち込んだことを覚えています。

「今回もまた手術か…」と思っていたのですが、今回は「手術は母体へのダメージも大きいので、自然に出てくるのを待ちましょう」と言われました。
そのときは「手術しなくていいの!?ヤッター!」と思ったのですが、そこから先の生活はとても不安なものでした。
いつ出てくるか分からないまま仕事をする毎日…メチャクチャ辛かったです。

2回目の流産・自然排出

自然排出を待っている間、遠方の友達の結婚式がありました。
じっとしていると、亡くなってしまったオナカの中の子のことを考えてしまうし、どうしても行きたかったので、行くことにしました。
結婚式自体はとても楽しく、行って良かったと心から思えるのですが、そのとき新婦は妊娠しており、しかも育っていれば私の子と同じ週数だったので「スタートは同じだったのに、どうして私だけ…」とまたネガティブモードに。
オナカも張るし、出血も少し始まっていたので、あまり無理はしないほうがよかったのかも知れません。

自然流産は突然始まるのではなく、少しの出血から始まりました。
出血が始まって数日後、生理痛の強烈バージョンみたいな痛さが夜12時くらいから始まりました。
今思えば、陣痛でした(出産のときの陣痛とは比べ物にならない程度ですが、それでも強烈でした)

「なんなんだ、この痛みは…」と気絶しそうになりながら、でも翌日仕事だったので夫を起こすこともできず、ひたすら朝を待ちました。
朝6時過ぎ、夫が起きてきて、すごくオナカが痛いことを話しました。

「今日は仕事休んだら?」などと話してるうちに股に「ドゥルンッ」という感覚が…
慌ててトイレに駆け込むと大きな塊が出ていました。赤ちゃんです。
赤ちゃんの形はしていないけど、これが赤ちゃんになる予定だったものだと一目で分かりました。

夫にも見てもらい、ナプキンの上に排出された塊に手を合わせ、トイレに流しました。
夫が仕事に行く前で良かった…2人で弔うことができて、少しホッとしていました。

それから会社に連絡をし、その日は休んで病院に行きました。
子宮の中はすっかりキレイになっていました。

2回目だったからか、心拍確認前だったからか、不思議とそこまで悲しくなりませんでした。
悲しさよりも、自分は出産できないのかも知れないという絶望のほうが遥かに大きかったです。

その後の会社の(というか上司の)対応が酷かったこと、2回も流産するってことは仕事を辞めろという赤ちゃんからのメッセージなのかもしれない…と思い、3回目の妊娠前に退職の意を伝えました。

そのあとすぐに妊娠した子が、今の息子です。
仕事のストレスから解放されたことが良かったのか、何の問題もなく産まれてきてくれたので、過去の流産のことも前向きに話せるようになりました。

マママッチ
マママッチ

無事に産まれてきてくれた息子に感謝…!

掻把手術と自然排出、どちらを選ぶべきか

流産と診断された後、掻把手術と自然排出で悩む方が多いと思いますが、どちらも経験した私としては、掻把手術をおすすめします。
というのも、自然排出はいつ出てくるか分からず、とても不安な中で生活しなくてはなりません。
ただでさえ不安なのに、その状態で働いていたりすると、心ここにあらずでミスをしてしまったり、私の場合は幸い家で排出できましたが、会社で排出が始まってしまったらと思うと、とてもじゃないけど仕事が手につかないと思います。

掻把手術は術前の処置が少し痛いのと、費用がかかるのがネックですが、手術日が決まっているので覚悟を決めることができるし、費用は保険に入っていればカバーできます。

とはいえ、無理やり掻き出すなんて…という気持ちも解るので、最後はお母さんである貴女の意志によると思います。

いっぱい迷って、最後は納得いく方法で、元の体・元の気持ちに戻ってくださいね。
希望を捨てずにまた一歩を踏み出せるよう、応援しています。

マママッチ
マママッチ

こうして母親は強くなっていくのです!

もし質問などあれば、お気軽にコメントくださいね。
私の答えられる範囲でお答えします。

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